令和3年 水無月 わかばコラム 

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医療コラム

令和3年 水無月 わかばコラム

今回は、難病についてのお話です

 247、765、279、373。この数字の羅列は、静岡県の特定疾患受給者証の申請者数です。247は筋萎縮性側索硬化症、765は脊髄小脳変性症、279は進行性核上性麻痺、373は多系統萎縮症です(出典:令和元年度末 厚生労働省衛生行政報告例)。13、2、11、15。今度の数字は、順番に令和3年3月に北斗わかば病院に入院されていた筋萎縮性側索硬化症、脊髄小脳変性症、進行性核上性麻痺、多系統萎縮症の方々の人数です。ちなみにパーキンソン病の方は67名です。開院から15年を経て、142床の病院を多数の難病患者様にご利用いただけるようになりました。

   難病という言葉。難病という言葉が生まれたきっかけは“スモン”でした。昭和30年頃から発生した疾患で、当時は原因不明の奇病と言われました。今では、この病気は当時整腸薬として一般に発売されていたキノホルム製剤による薬害であることは知られていますが、当時は不治の感染症とみなされ、ひどい差別を受けました。原因のわからない病に侵され、障害を抱え、生活にも困り、多くの方々が苦難の日々を送られたことが記録されています。昭和45年3月30日の衆議院補正予算委員会で山田太郎議員が当時の佐藤内閣総理大臣、内田厚生大臣にスモン対策を提言し、研究と対策にそれぞれ5000万円が予算として計上されることになりました。

 その後の国会審議において、昭和47年の衆議院社会労働委員会で参考人招致された東大の白木博次教授がスモン対策を契機に“第五の医学”として難病医学を提起され、行政に初めて“難病”という括り方が登場します。難病対策要綱が厚生労働省から制定・交付されたのは昭和47年10月のことです。この事件は、二つのことを示されたと思います。

 一つ目は、もしも難病の原因として「くすり」が関係をしているのであれば、この「くすり」を承認したのは国ですから、国として救済策を講ずるべきであるということです。二つ目は、難病といわれている病気でも、集中的にかつ多角的に研究を行えば、その原因が解明されるかも知れないということです。当初の調査研究の対象としては、スモン、ベーチェット病、重症筋無力症、全身性エリテマトーデス、サルコイドーシス、再生不良性貧血、多発性硬化症、難治性肝炎が選ばれ、特に前述の4つの病気が医療費助成の対象としてスタートしました。 その後、指定難病検討委員会では指定難病の追加を検討し、現在の指定難病は331疾病になっています。
  

紫陽花

 

 難病看護。難病法のキーワードであった“公平”。何が公平かは本当に難しいと思います。例があります。患者A氏はナースコールが多く、ケアへの要求も高い。看護師は彼のニードに対応しようと取り組んでいます。この病棟の業務量調査をしたらA氏にかかるケアが24時間中6時間を占め、ほかの患者の平均1~2時間から突出していました。これを公平な看護といえるのか、と病棟師長は悩みます。ナースコールを鳴らさない、鳴らすことができない他の患者への看護はどうなのだろうと。
 
 でも、誰もが知るように、この世の中で、完全なる公平を実現するのは限りなく困難です。難病患者様が抱える症状の苦しさや治療法がない悲しみを思う時、そうした患者様が当たり前に生を全うできる世の中が来ることが公平ではないかと私は思っています。様々な治療法が世界中で研究されている現在、いつかこの病が難病と呼ばれなくなる日が来ることを祈ります。


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地域連携室 室長 加納江理

参考文献:難病ケア スターティングガイド  第1版第1刷 2016.7.15 医学書院 
難病情報センター – Japan Intractable Diseases Information Center (nanbyou.or.jp)



  • POSTED at 2021年06月04日 (金)

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